春の嵐
やけに神妙な顔をして手を合わせる。眼前にはかつての親の名が刻まれた墓標…ただし本当の親では無い。所謂、渡世の親である。本当の親は随分と幼い頃に亡くしていた。
「……親父…」
こうして誰かの魂を弔うことに悲しみを抱きながらも、そんな相手がいるという幸せとも喜びともつかない気持ちを抱く。かつて愛した女も、深い絆で結ばれた親友も、そして実の父親のように慕っていた男も、その墓前で手を合わせる時は、おなじような気持ちを抱く。決して悲しくない訳ではない。無いのだけれど、しかし…。
不謹慎だろうか、でもこの心がじんわりと温かくなるような感覚はなんだろう。それは明らかに悲しみよりも幸福が勝っているような気がした。
人が死んで幸せだなんておかしな話だ――桐生は唇を歪めた。と、
――…パキッ…。
背後に人の気配がした。枯れ枝を踏みつけたようなその音に、彼はハッと振り返る。
「よぅ、桐生さん」
「……大吾…」
そこには銜え煙草で不機嫌そうな顔をした男が、肩に菊の花束を担いで立っていた。桐生が手を合わせている、その墓標に刻まれた人物の実の息子が…堂島大吾がそこに。
「ここに来てるって聞いた…親父の墓参りだって」
大吾はやけにゆっくりとした動作で桐生の横に立った。何を思っているのだろうか、その表情も硬い。実の父を弔うような雰囲気ではなかったが、彼は手にした花束を墓前に置き、そのまま桐生と同じように膝を折った。口に銜えた煙草を手に挟み、桐生と同じように両手を合わせる。
煙草の紫煙が、線香の煙と絡まって上昇していく。その様子をぼんやりと眺めていた桐生は、拝み終わった大吾と視線が合いハッと我に返った。
「月命日なんてよ…息子の俺でも忘れてたぜ」
「…いや、たまたまだ。朝起きたら、ふっと思い出してな」
そう言った桐生に、大吾はそうかと一言。硬い表情はそのままに、なんとなく険悪なムードが漂う。沈黙が重く圧し掛かる。
その空気からどうやら相手は怒っているようなのであるが、桐生にはその理由が全く思い浮かばなかった。父の墓前でナーバスになっているのだろうか。否、この男に限ってそんなことは。じゃあ、他に理由が?…様々な可能性を脳裏に浮かべながら、でも答えは出ず。彼は大吾の次なる言葉を待った。
「…別に、あんたが気にすることはねぇだろ?」
「…あ?」
吸いかけの煙草を線香の横へと並べる大吾に、桐生はどういう意味だと目で問いかけた。
「親父を殺ったのは錦山なんだろう?あんたじゃない」
だからあんたが責任を感じる必要は無いと言われ、桐生は暫し言葉を失いフッと小さく笑った。母親にも同じことを言われたっけと、いつかのことを思い出す。あの時は荒れに荒れていたこの男に、東城会の未来を託そうと必死だった。言っても聞かない彼に、最終手段で取ったのはこの拳で。そんなことを思いながら、自分の手をジッと見つめる。
「…お前もデカくなったよな…」
「あぁ?…いつまでもガキ扱いすんじゃねぇよ」
「……別にそんなつもりじゃないんだがな」
大吾も大吾なりに、桐生のことを気遣っているのだろう。あんなに呑んだくれてどうしようもなかった男がと笑みも漏れる。極道であり、今となっては人の上に立つ人間でもある彼だが、人としての優しさが損なわれていないことに嬉しく思い、また彼の心の成長も感じる。そんな意味合いのデカくなったな…だったのだけれど。
「…錦とはガキの頃から一緒に育った。本当の兄弟よりも絆は深いんだ…だから……」
「だから、錦山のケツもアンタが拭うってか」
「………まぁ、そんなところだ」
桐生はゆっくりと立ち上がる。頬を撫でる風に、何処から迷い込んだのか桜の花弁がひらりと一片。確実に時は流れているのだなと感じ、桐生は目を細めた。
「……ムカつくぜ」
桐生と相反する表情の大吾は、やはり不機嫌そうな顔を崩さず。ゆらりと立ち上がると、忌々しそうに墓石を睨み付けた。今にも蹴り倒しそうな怒気を彼から感じた桐生は、「おい、大吾」と彼の名を呼んだ。
バチリと視線が絡み合う。桐生は背筋にビリビリと走るものを感じた。
「そうやって、死んでもアンタを縛ってやがる。忘れさせねぇように、心に刻み付けてやがる。錦山だけじゃねぇ、俺は親父にだってムカついてんだよ…」
「……大吾…」
それまで見たことも無いような彼の内面を垣間見たような気がして、桐生は一瞬言葉を無くした。その言葉の端々が、桐生の心に容赦なく突き刺さる。気の所為ではない、その胸の内に確かな鈍痛を感じた彼の中に、一寸の隙が生じた。
その一瞬を、大吾は逃さなかった。
彼はいきなり桐生の胸倉を掴むと、力任せに己の方へと引き寄せた。そして、その無防備な唇に自分のそれを重ねる。乱暴ではあったが、それは正しくくちづけであった。
「……っ!何しやがるっ!」
すぐさま正気に戻った桐生は、相手の手を掴みシャツから離した。噛み付かれた唇がジンジンと痛む。信じられないと目を見開くも、その痛みは粉うことなき現実だった。
真剣な瞳の大吾と視線がぶつかる。桐生に反して、大吾は憎いぐらいに冷静で。
「いつか……いつか、アンタの中からあいつらを追い出してやる。そして…」
ブワッ――…二人の間を、それまでのそよ風が突風の如く吹き荒れる。その中で暴れる桜の花弁は先程とは打って変わって数え切れないほど。まるで、それぞれの心を代弁しているかのように荒々しく吹き荒れていて…。
舞い上がった花弁を踏み締め、大吾は今一歩前へと歩み出る。桐生との距離を縮めた彼は、一呼吸置いて告げた。
「俺のことしか考えられねぇようにしてやるよ」
空を舞う花弁がその動きを止め、二人の上にゆっくりと舞い降りていた。
おわり
*大吾カッチョイ〜(ヒューヒュー!)…とか思った自分がいと哀れなり。
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