ライン3


 午前0時を回った瞬間、テーブルの端にあった携帯が震えた。
 独り酒を飲みながらぼんやりしていた桐生は、「なんだ?」とこちらを無視して自己主張し続けている機械を暫し見つめた。
 折角イイ気分で呑んでいたのにとんだ邪魔が入ってしまった。必要に駆られて手にするようになった代物だが、こういう時は放り投げてしまいたいと思う。無いなら無いで構わないのに。
 彼は銜えていた煙草を手にし、酒の入ったグラスを煽った。
 こんな時間帯に掛かってくる電話……きっとろくなもんじゃない。これまでの経験上、殆どが厄介事に巻き込まれるそれだったからだ。否が応でも身構えてしまう。嫌な予感に胸もざわりと騒いだ。これは無視するのが得策だろう、そうも考えた。
 が、携帯は延々と震え続ける。桐生の苛々を確実に煽りながら、一定のリズムを刻み続ける。
 「…………くそっ」
 先に根を上げたのは桐生の方だった。
 少しばかりの敗北感を味わいながら、彼は煙草を灰皿に落すと、そのまま携帯へと手を伸ばした。フィリップを開き、そこに表示された名前を見て小さく唸る。これは確実に厄介事になるんだろうなと、そう思わせるような名前がそこにはあった。
 未だに煩く唸り続ける携帯を黙らせるには、この通話ボタンを押すしかないのだろう。
 彼は軽く溜め息をついて、そのボタンを押した。ピッ、と。重苦しい気分なのに、それとは正反対のやけに軽やかな音に、ちょっとばかりムカつく。
 「……ああ」
 「…よう、桐生さん」
 聞こえてきたのは、耳慣れた声。ちょっと不貞腐れたような低い声色。
 「大吾か。こんな時間に何のようだ」
 相手の調子に合わせるように、桐生の声色も気だそうなそれになる。
 まだまだ夜はこれからという時間だが、明るく、優しく、なんて問い掛ける気にはなれなかった。心安らぐ時間を邪魔されたのだから…そこまでお優しくは出来ないというのが本音だ。優しくすると付け上がる相手だというのも手伝った。
 「別に。用がなきゃ、電話しちゃいけねぇのかよ」
 相手の表情が手に取るようにわかる。きっと怒っている。冷たくあしらわれたからか、或いは、桐生が電話に出るのが遅かったからか…声だけでは相手の胸の内は見えないので、そう断言は出来ないけれど。でも多分そんなくだらない理由によるものだろう。
 桐生は「しょうがねぇ」と溜め息をついた。跡目だ何だと騒がれてはいるが、まだまだガキの証拠だ。これぐらいで腹を立てるとは…。
 「…別にそうじゃねぇけどよ。……まさか、俺の声が聞きたくなったとか、気持ち悪ぃこと言わねぇよな」
 「…まさか」
 ムッとしたような口調でそう呟いた大吾は、「そんなワケねぇだろ」と言い放つ。急に大きくなった声。そこには多少の動揺がチラチラと見え隠れしていた。
 まさか本当に桐生の声が聞きたかったのだろうか?
 (…まさか…な)
 そんな可愛げのある相手ではない…か。
 苦笑した彼は、じゃあ何だよと続けた。
 「……アンタ、今日暇か?」
 「あぁ?何だ、急に」
 「いいから!暇なんだろ?暇だよな?」
 まるで人を暇人かのようなその扱い。小馬鹿にしたようなその物言い。流石にカチンと来る。
 「勝手に人の予定を決めんな」
 確かに暇なのだが、大吾にそう言い当てられると、どうにも素直に首を縦に振れない。桐生は絶対「暇だ」とは言うまいと心に決めた。言ってやるものか。
 「どうせくだらねぇ用事なんだろう?いいじゃねぇか、そんなのブッちぎれば」
 だが、どういうわけか、大吾は必死に喰らいついてくる。是が非でも、桐生を暇人に仕立てたいらしい。
 「おまえな…いい加減に…」
 「……飯」
 「あ?」
 一呼吸間をおいて、大吾の口からポツリとそんな単語が出てきた。飯――彼は今「飯」と言った。
 「飯奢ってやる」今度はハッキリと。
 「……はぁ?」
 「今日、19時に迎えに行く」
 「おい、ちょっと待て」
 「うるせぇ!黙って祝われろ!」
  ――ガチャン!
 「……あ…」
 言い返す間も無く電話は切れた。掛かってきたのも一方的なら、切れるのも一方的だった。
 どうにも解せない。なんだ、この不毛な会話は…そう思いながら、ふと大吾の言葉を思い出す。
 「……祝われろ?」
 その言葉の意味することに気が付いたのは、たっぷり3分ほど経った後だった。
 「あー……誕生日…か?」
 壁に掛かったカレンダーを見ると、午前0時を回った今日は、桐生の39回目の誕生日であった。
 どうやら、大吾は自分の誕生日を祝ってやろうと電話を寄越したらしい…。
 「なんだ、あの野郎…」
 そうならそうと素直に言えばいいのにと、素っ気無く扱ったことなど棚上げして相手を責めてみたり。
 これではどっちがガキかわからないか…。
 そう思い当たり、桐生は苦い笑みを浮かべた。


 終

 *ツンデレ×ツンデレ。お誕生日おめれとーー!数分遅刻したのはゆるしてくれ。大河ドラマに夢中で…(殴)。


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