戦士の休息

 もう随分と長い間、どんな時もどんな場所でも眠れるように身体が作り変えられていた。生まれついての素質もあるのかも知れないけれど…人に言わせれば自分は相当図太い神経をしているらしい…仕事によるものが大きいのだろうと彼は思っている。
 犯人を尾行した挙句にそのまま張り込みというパターンは珍しくないし、そのまま引き篭もられたら何日も何週間もその場に居続けなければならない。いついかなる時も、いざという時の体力を保ち続けるためにも、ある程度の睡眠は必要不可欠なのだ。
 浅い眠りでも、寝ないよりかはマシ。
 眠れる時には少しでも仮眠をとること。
 伊達はそれを実践すべく、やや寝心地の悪い寝床で身体を休めていた。いつものくたびれたコートを脱いでよれたワイシャツのままで。皺になろうがお構いなしだ。そんなことを気にする彼ではない。
 やや饐えた臭いのする枕に頭を埋めて、小一時間は経っただろうか…という頃だった。
 伊達は背後にある種の違和感を覚え、その貴重な眠りを手放さなければならなくなった。それは突然の出来事で。
 「………んっ……」
 グッと、背中に感じる硬い感触。硬質なのだけれど、でも人工的なそれではなく、何処か温もりを感じさせるような…。これは一体何なのだろう。夢と現実の狭間でぼんやりと考えるも、明確な答えは出ない。
 伊達は無意識に背後に手を伸ばした。自分の太腿のすぐ後ろに、同じような硬さの感触がある。そのままスッと手を動かすと、布地の感触と共に、緩やかな丘を思わせるような曲線。そこはやはり硬質な手触りで。
 「……う?」
 次第に意識がハッキリとしてきた。
 そこにはあるはずの無いものが、自分と同じように横たわっている。それに気付いて、彼は漸く本格的に覚醒した。
 「…って、オイッ!テメェ、何してやがる!」
 「あぁ…起きたか?」
 ガバッと起き上がり、そのまま振り返る。とそこには、先ほどまでは居なかった男がふてぶてしい笑みを浮かべて彼を見上げていた。
 白いスーツに身を包んだ男は、普段はくっきりと浮かんでいる眉間の皺を幾分和らげ何処か楽しそうだ。桐生はニヤリと笑った。
 強面のヤクザもこんな表情をすると、一瞬だけれど普通の男に見える。一瞬だけれど、こいつがヤクザだということを忘れそうになる…そう思うのは、きっとこの男が根っからの極悪非道なヤクザではないからだ…多分。伊達はそう思っている。
 「オマエが起こしたんだろうが!」
 お世辞にも居心地がいいとは言い難いこの隠れ家だが、結構気持ちよく眠れていたのに…こいつの所為で台無しだ。怒りたくもなる。  伊達は拳を握り締め、容赦なく相手の腹に一発ぶち込んだ。
 「イテェ…俺だって疲れてんだ。ちょっとぐらい優しくしてくれても罰は当たらねぇと思うぜ、伊達さん」
 「うるせぇよ、桐生。どうせ街中でチンピラ連中にでも絡まれて来たんだろうが。何が疲れただ」
 それをいちいち相手にする方が悪いのだと息巻いて、伊達は再び拳を振り下ろした。
 だが、今度の一撃はヒットする前に桐生に阻止された。笑いながら軽く避けられ流される。起き抜けとは言え、こうもあっさりとかわされると、どうにも面白くない。彼はムッと怒りを顕わにした。
 「おい、伊達さん。俺ぁ、これでも辛いんだぜ」
 「…あぁ?何がだ」
 「どうでもいいやつらは嫌でも構ってきやがるのに、構って欲しいやつには放っとかれるんだからな」
 そう言って意味深に笑う桐生。伊達の握り締めた拳に、そっと己の手を重ね合わせる。一寸力を込めたそれは、直ぐに手首の方へと移動した。そしてまたもや力を込められ、今度はグイッと力任せに引っ張られた。
 「…っ……オマ…」
 彼はぐらりと揺れる視界の端に、桐生の唇を捕らえる。自然とそこに吸い寄せられた…そう言った方が正しいのかも。
 「んっ……」
 頭の芯がボウッと、痺れるような感覚。寝起きだからだろう、そんな理由で片付けるには、甘すぎる感覚。
 それは桐生によって与えられているくちづけからくるものだと気付くのに、まだ少しばかりの時間が必要だった。
 「…構えよ、伊達さん」
 「馬鹿野郎が…」
 そう、このキスが終わる頃まで…。


イベントのペーパーSSより抜粋


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