ライン
新幹線に乗るなんて、一体いつ以来だろうか。
一瞬に流れ行く車窓の風景を眺めながら、桐生はぼんやりと考えていた。
中学を卒業してすぐにこの世界へと足を踏み入れたから、修学旅行なんてものには縁が無かったし、気の合う友人と旅行…などというものにも恵まれなかった。せいぜい組長のお供でちょっと利用した程度だ。だから楽しい気分で乗った記憶は一度も無い。今回のも…とてもじゃないが楽しむ雰囲気とは言い難かった。
桐生は窓の外から、その中…隣に座る大吾へと視線を向けた。
先程から彼は無言だった。物思いに耽っているように、腕組みをしたまま瞳を閉じて微動だにしない。まるで彼の周りだけ時間が止まっているかのようだった。本当に眠っているのかもと不躾にもじっと見つめると、ふっと眼を開けて桐生の顔をジロリと睨みつける。それが数回続いた。
「…なんだよ…」
「いや、別に…」
非生産的な会話にも疲れてくる。そもそも一箇所にじっとしているのは苦手だ。息苦しくておかしくなりそうだった。
桐生は徐に席を立つ。その際、大吾が「どうした?」と目で語りかけてきたが、彼はさらりと無視して通路に立った。
リズミカルに揺れる車内を大股で歩き、彼はデッキへと向かった。息苦しいあの場所から早く離れたかった。
デッキへと続くドアを開ける。と、先客がいた。携帯電話でしきりに何かを話している男で、地味なスーツ姿なのを見るとどうやらサラリーマンらしい。身振り手振りで大声でまくし立てていて、その内容が仕事絡みだと直ぐにわかった。当然だが、堅気の生活もそれはそれで大変なのだろう。桐生はなるべく男の視界に入らないように努めた。
だが、桐生の気遣いは呆気なく終わった。
男は桐生が入ってきたのに直ぐに気付き、一瞬ギョッとした顔を見せた。明らかに堅気ではない、その筋の男が姿を現したのだから、当然といえば当然の反応だ。男は一方的に会話を終わらせると、携帯を畳んでそそくさとデッキから逃げ出した。
桐生は男の後姿を見て、ふっと溜め息をついた。
ゴォーッという音と共に、ドアの外が真っ暗になる。トンネルを通過しているのだと知った。
真っ黒に沈んだドアの窓ガラスに自分の顔が映る。桐生は一歩、二歩と近付き、そのガラスに凭れ掛かった。右肩を当てて、暫し真っ暗な外を眺める。当然何も見えない。けれど、それでも何となく心が落ち着いた。
トンネルを出たり入ったりするたびに、風がぶち当たりドア全体が振動する。桐生はその動きに身を任せたまま、じっと佇んでいた。
それからどれぐらい経ったか――。
彼は胸のポケットから携帯電話を取り出す。登録してある番号はほんの僅かだった。遥との静かな生活にはあまり人が介在しない。必要もない。連絡を取り合う相手などほんの数人だ。だがそれで十分だった。
桐生はボタンを押し始めた。その番号は登録していなかった。相手の立場を考えると…どうしても登録する気にはなれなかったのだ。その当時は迷惑になると、そう思っていたからだ。…などと、本人に言ったら「バカ野郎、そんな気を遣うな」と怒られそうであるが…。
そらで覚えている番号を、ゆっくりと押す。一気に素早く押せなかったのは、何処か躊躇う気持ちがあったからかも知れない。これから、自分がやろうとしていることを思うと…相手に心配をかけるのは目に見えていたからだ。でも…。
体温で温まった携帯を耳に押し当てる。
数回の呼び出し音。それが随分と長い時間に思えた。
――トルルルルル…トルルルルル…カチャ…、
数コール目で相手と繋がった。
「…伊達さんか?」
「おう、お前か…」
ぶっきらぼうだが、耳に心地よい声が聞こえた。
*ブログからの転載。まだゲーム発売前で妄想炸裂ってた。
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