ライン2

 無性に逢いたくなる時がある。
 意識したわけじゃない。それは呼吸をするかのように、ごく自然な流れだった。
 煙草を一本吸い終わった時、飲み終わったグラスをカウンターの上に置いた時、ふとそう思うのだ。
 誰もいない隣の席に、あの男の姿を探す自分がいた。
 伊達は短くなった煙草を灰皿にねじ込むと、小さな溜め息をもらした。そんなことを思っても、せん無いことだとわかってはいるのに、どうしても、つい…。
 十年前の衝撃的な出会い。そして一年前の、まるで濁流に飲み込まれたかのような事件の連続。最初は犯罪者に対する憎しみしか感じなかった自分が、あの男と行動を共にするなんて思いもよらなかった。その上、生きるか死ぬかの闘いをも共にするなど…誰が予想しただろう。
 公僕である自分が、やくざと一緒になど…あってはならないことなのに…。常識ではそうであるはずだ。でも、伊達はあの男に対して、常識では測れないそれ以上の何かを感じていた。この気持ちが一体何なのか…それは言葉にするのは簡単なようで、でも難しくて…。
 「……ふぅ…」
 指先で、トントンとカウンターを叩く。その指先が煙草の箱に当たり、上に載っていたライターをコトリと落とした。
 電話してみようか、彼はふと思った。
 静かなジャズが流れる店内には、マスターと彼と談笑する客が一人、そして伊達の三人しかいなかった。
 伊達はよれたコートのポケットから、少し型の古い携帯電話を取り出す。一旦それをじっと見つめ、そして何かを決意したような気難しい顔をした彼は、一つ一つ相手の番号を押し始めた。

 ――トルルルルル…トルルルルル…カチャ…、

 「…よぉ、俺だ」
 「あぁ、あんたか。どうしたんだ、珍しい」
 電話の向こうの相手は、比較的しっかりとした声で。まだ寝てはいなかったようだ。小学生の子供と生活している彼だから、もしかしたら就寝しているのかもとコール音の僅かな間に思ったのだ。
 伊達はホッと息をついた。
 「元気か?…遥は?」
 「ああ、元気だぜ。遥はもう寝ちまった」
 「そうか…」
 あどけない少女の寝顔を思い浮かべると、何だか心が和む。伊達はフッと口許に笑みを浮かべた。
 「どうしたんだ?」
 「うん、いや…元気ならいい。まぁ、何だ。最近逢ってねぇから、たまには逢わねぇかな…と思って」
 気恥ずかしい台詞に、伊達は一寸声のトーンを落とした。あっちからの誘いは意外と軽いノリなのに、自分の方からとなると…少しばかり勝手が違う。予想外に緊張しているのがわかった。
 「おっ、嬉しいねぇ」
 嬉しそうな相手の声に、口許が緩む。
 「いいのか?明日は?」
 「……いや、悪い。明日はちょっとダメだ」
 すまなそうな断りの声に、浮上した心がずんと沈む。
 「そうか…」
 「ああ、すまん。明日は……墓参りだ」
 その言葉に、伊達は「ああ」と唸った。
 そうか、もうそんなになるのか、と。墓の下に眠る、彼の大切な人たちを思い浮かべる。彼はきっと、墓前に手を合わせて、色々報告することがあるのだろう。あの少女と二人で。皆で思い出を語らうのだろうか…その様子を思い浮かべると、胸の奥がしくりと痛んだ。
 それを邪魔する権利は、伊達には無い。そうするつもりも毛頭無かった。
 「…じゃあ、しょうがねぇな」
 「ああ、また誘ってくれよ」
 「気が向いたらな」
 あっさりと通話ボタンを切った。あっけなく会話は途切れる。伊達は携帯を見つめて、何とも寂しい気分を味わった。墓参りという言葉を聞いて、傷心したのだろうか…なんて。自分には似合わないことを思って一人笑う。
 いつの間にか客は帰っていた。
 ふと、マスターと目が合う。彼は「どうでした?」と言いたげな視線を伊達に投げ掛けていた。どうやら途中から伊達の声が聞こえていたらしい。
 伊達はフッと微笑むと、手にした携帯を振って答える。
 「フラれちまったよ」
 寂しそうに笑う伊達に、マスターはそうですかと同情的な笑みを見せた。
 伊達はグラスを掲げて「同じものを」と告げる。
 自棄酒とでも思ったのだろうか。マスターは言われたとおり、琥珀色の液体を注いた。
 今日はもう少し飲みたくなった。
 その芳醇な香りに酔いながら、伊達は永遠の眠りにつく彼らの冥福を祈った。
 一口含む。先程よりも少し苦い味がした。


 *ブログからの転載その2。同じくまだゲーム発売前で妄…(以下同文)。

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