傷痕
素っ裸で抱き合うのにあまり抵抗を感じなくなりつつある…その事実に多少の危機感を覚えながら、かなりの至近距離で相手の顔と向き合う。
ほんの数秒、真っ直ぐに瞳と瞳を合わせるも、照れが先に立って直ぐにその視線から逃れてしまった。
十代の若造じゃあるまいし、何とも言えない気恥ずかしさに眩暈がしそうだ。
桐生はスッと俯き、相手の鼻から口許へと視線を彷徨わせた。すると、そこに大いなる存在感で居座る傷痕に、瞳が吸い寄せられた。
肉厚の唇に縦に走る傷痕…これが普通の人間ならば痛々しいと感じるだろうが、この男に『痛々しい』などという単語は不似合いそのもので。逆に彼にとってその傷は、強面っぷりに拍車を掛けるか、或いはふてぶてしさを演出する役割に大いに働いているように思う。それはある意味彼らしさを際立たせる必須アイテムのような物で、もはや彼の唇からこの傷痕がなくなってしまうことなど想像できない。違和感すら覚えるに違いない。
そんなことを考えながら、桐生は無意識にその傷痕を注視していた。視線を合わせるよりましだという気持ちもあったかもしれない。けれど、それがとんだ藪蛇になろうとは…。
その不躾な視線に気が付いたのだろうか。
龍司の眉がピクリと動く。と同時に、傷痕も動く。
「何や…物欲しそうな眼ぇして見やがって」
「……………」
唇と共にやはり傷痕も動く。なんとなく不思議な感じだ。桐生は相手の言葉よりも、その動く傷痕に意識が引き寄せられた。
「……………」
「…おい、聞いとんのか」
「ん?」
その生返事で、全く聞いていなかったことがバレたのだろう。
桐生の態度に、相手は明らかにムッとした表情を浮かべる。するとその傷痕も不満げに歪んだ。
「……したいんやったら、したらええやん」
そんな言葉と共に、グイッと後頭部が引き寄せられた。
そこに来て漸くハッと意識が引き戻される。桐生は数秒前に耳に入ってきた言葉を咀嚼すると、「何を…」と眼前の男に問うた。が、その問い掛けは虚しく掻き消されてしまう。
「んっ…!?」
龍司の唇が桐生のそれを塞いだ――不意打ちのくちづけ。
傷痕が桐生の唇にざらりと当たる。その言い知れぬ感触。一瞬、彼の背筋に走るものがあった。ゾクッ、と…身に覚えのある感じ。それは背筋から横腹へと一気に走り抜け、腰の辺りで燻り続けていた。
それは間違いなく、快感というヤツだろう。視線から、そして直に触れた感触から――桐生は追い詰められていた。
「……ぅんっ」
無遠慮に侵入してくる舌と対峙しながら、その都度己の唇の当たる傷痕に意識が集中する。何故こんなに気になるのか、全く以ってわからない。わからないのに…。
「…っ…りゅ…じ……テメェ……い、きなり…」
「フン……アンタが悪い」
そんな不満を口にし、再びそのくちづけは再開された。
傲慢な態度の龍司に舌を打ちたくなるも、その舌は相手のそれにしっかり絡み取られていて…。
「クソッ」と心の中で悪態をついた桐生は、相手の舌から何とか逃れると、お返しとばかりにその傷痕に舌を這わせた。ネロリと舐め上げ、そのままガブリと噛み付く。
忌々しい傷痕め…やられっ放しは性に合わない。
「ハッ…誰が物欲しそうだって?馬鹿野郎…」
挑戦的な瞳でそう訴えた。が、相手は「フンッ」と盛大な鼻息を一つ飛ばした。
「アンタの眼ぇがそう言うとったんや」
そう言ってふてぶてしく笑った龍司は、物欲しそうだと言い張る桐生の両目をスッと撫で、そのまま両頬を掴み引き寄せる。
「…っ、このっ…」
「うっさい」
静かにしろ、と。龍司の唇が三度、桐生の唇を塞いだ。ゆっくりと、唇に傷痕が密着する。その存在を誇示するかのように、強く、押し付けられる。でも、それは意外なほどに…。
「………っ…」
「フッ…」
三度目のくちづけは、その言葉とは裏腹にひどく優しいものであった。
*5月のイベント時に配布したペーパーに載せたSSです。
こっ恥ずかしい〜(カァァァァァ)。もう書かない書かないよ!!
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