夏の午後、彼の思惑



 うだるような暑さに眉を顰め、静かに首を振る扇風機にごつい身体を当てて涼を得ていた桐生は、断りも無く突然やってきたその男に、露骨に嫌そうな顔をして見せた。ただでさえ暑いのに、また暑苦しくなるようなヤツが来た…という表情がバレバレである。
   「なんだよ…そんな嫌そうな顔しなくてもいいだろ、桐生さん」
 「…おまえが来ると、ロクなことがねぇ」
 手にしていた煙草を灰皿に押し付けると、桐生は深々と溜め息をついた。
 だが、邪険に扱われ続けるのに慣れているのだろうか。次期東城会会長・堂島大吾は、桐生の態度を見なかったことにして、「あ、ひでぇ。折角アイス買ってきたのに」と顔の高さにビニール袋を掲げにこりと笑った。
 「アイスだぁ…?」
 「…遥にだよ、は・る・か!」
 「……ああ、遥にか…」
 さっきまでの嫌そうな顔が、若干薄れる。そんな桐生に、大吾は「アンタって人は…」と呆れたように苦笑した。  強面の相手にスイートな手土産とはかなり違和感があるだろうが、将を射んとする者はまず馬を射よということで、大吾は常に桐生の大切な宝物・遥に手土産を欠かさないのだ。
 ロクでもないなどと言われながらも、足繁くここに通うのは、大吾が目の前の男に本気で惚れているからであり…。彼の道ならぬ恋は、彼の努力と情熱とで、何とか継続していた。
 「遥は?」
 「遊びに行ったよ。夏休みだからな」
 「そっか……」と残念そうな顔をして見せるも、内心「やったぜ!」とガッツポーズする。当初はこんな些細なことに一喜一憂する自分を可哀想だと思っていたが、慣れというのは恐ろしいもので。今となっては、さも「残念」なんて演技を楽しむ余裕そえあった。
 「なぁ、じゃあさ…」
 「断る!」
 大吾が全てを言い終わる前に、そうはさせじと桐生はピシャリと言葉を遮った。
 この言葉の後には、きっとロクでもない台詞が続くに決まっている。彼にはよくわかっていた。
 「まだ全部言ってねぇだろ。話は最後まで聞けよ、桐生さん」
 だが、そこで引き下がるほど、大吾の桐生に対する気持ちは軽くない。引き下がるつもりは毛頭無かった。
 大吾は爽やかな笑顔を浮かべたまま、桐生の隣に腰を下ろした。そしてその小首を傾げるような形で、相手の顔を下から覗き込むようにジッと見つめた。その視線には、甘えるような、媚びるような色がジワリと滲んでいる。
 「……………」
 桐生は嫌な予感がした。大概そんな表情を浮かべる大吾の思考は、彼の言う通りロクでもないことしか考えていないからだ。
 「なぁ、桐生さん。こんな部屋に閉じこもってたら身体に悪ぃだろ。ちょっと、外に出ようぜ」
 「外…?何処に行くつもりだ」
 「うーん…そうだな……あ、バッティングセンター…とかは?」
 人の言葉の中にはさまざまな思惑がある。何気ない単語の一つの中にも。
 チラリと桐生の顔色を伺う大吾の瞳には、期待と興奮とが入り混じっている…ように見える。桐生はその背筋にゾクリと走るものを感じた。
 「バッティングセンター…」
 「そうそう、暑ぃ時こそ、身体動かしてよ…ボールかっ飛ばして、スカッとしようぜ!なっ?」
 ナイスアイデアだと言わんばかりに、大声を張り上げ力説する大吾。その顔には満面の笑みが浮かび、大きく見開いた瞳はキラキラと輝いている。
 だが、そんな彼に桐生の視線は凍りつくほど冷たい。もっともらしいことを言っているけれど、所詮は浅はかでバカな男の考えることだ。
 「バッティングセンター…か。ああ、あの、ホテル街の手前にある、あそこだよな?」
 何となく。いや、十中八九大吾の考えていることがわかった桐生は…本当はわかりたくも無かったけれど…相手の下心をそろりと撫でる。
 身体を動かしてスカッと…それはバッティングセンタで時速百五十キロの球に挑むことではなく、あわよくばその先にあるホテル街にしけ込んで一発…などと考えているのだ、このバカ野郎は。
 桐生の唇から、地を這うような唸り声と共に、重たい息が漏れ出る。
 「え?そうだっけ。あ、神室町にはあそこしかなかったっけ…そうだったかな…」
 空惚けて天を仰ぎ見る大吾は、この期に及んでまだ「あそこにしかなかったっけ…」などと白々しい態度だ。もう彼の思惑は、桐生にバレバレだと言うのに…。
 「…本当におまえってヤツは…それしかねぇのか、頭の中は」
 もっと他に考えるべきことは、山のようにあるはずだ。仮にも、これから数万人規模の組織の頭になる男なのだから。これでは先が思いやられる…柏木が聞いたらどう思うだろう。
 東城会の未来に一抹どころか大いなる不安を抱き、桐生はキッと表情を引き締めた。そして、

 ――ゴインッ!――

 「――イッテェ〜ッ!何すんだよ、桐生さんっ」
 「うるせぇ!黙ってろ、バカ」
 有無を言わさず正義の鉄槌を喰らわせた桐生は、涙目で頭を押さえる大吾をジロリと睨みつけた。そこら辺のチンピラが見たら、速攻青くなってへたり込むような睨みは、ブーブーと口うるさい大吾を黙らせるのに十分であった。
 「とにかく、絶対行かねぇからな」
 「………チッ」
 「別に……何も…」
 「ったく、本当にロクでもねぇ…」
 なんて。未来の東城会会長のバカさに憂いながら、桐生は新しい煙草に手を伸ばそうとした。ここは一服でもして、暗く沈んだ気持ちを浮上させようとして…。
 しかし、そのささやかなるひと時は、次なる刺客に阻まれることとなった。
 「おいっ、桐生っ!おるかっ?何部屋ん中でダラダラしとんねん!運動すんぞ!バッティングセンターや!」
 ドタバタと近所迷惑を顧みずやってきた男は、大吾と全く同じことを口にしながら、土足で上がりこんできた。その表情は嬉々としていて、明らかによからぬことを考えているようなそれであり…。
 「龍司……テメェもか!」
 …桐生の怒りは頂点に達した。

 数分後には、これ以上運動なんて必要ないのでは…と思うほど大暴れして床に伸びた男たちの姿があった。


*2009年夏コミのペーパーに載せたSSです。
くだらなくてすみません…。


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