その出逢いは運命と言えるのか

 ◇2

 (…関西の龍……)
 大吾は改めて男の顔をマジマジと見上げた。
   まず目を引くのは、見事に染め上げられた金髪で。認めるのも悔しいが。浅黒く焼けた肌に妙に合っていた。またギロリと睨みを利かせる目はかなりの力がある。ひと睨みしただけで、相手の戦闘力を削ぎ落とせる眼力は十分にあるだろう。自分の組にもこの手の人間は大勢いるが、正直ここまでの男はいない。体格も申し分ないし、見事なまでに『極道』というオーラを発散している男だった。
 (…あの人とはまた違うタイプだな…)
 男の顔を思い出し、胸がざわりと騒ぐ。忘れようにも、三日に一度は浮かび上がってくる顔だった。
 関東の龍は大吾のよく知る男だ――桐生一馬。同じ極道連中からも一目置かれていた。強面だったがなかなか優しいところもあり、人望も厚く、何事にも一本筋の通った男だった…そう思っていた。
 だが、渡世の親を…つまりは大吾の父親だ…殺した罪で投獄され、今この街にはいない。
 あの事件は、大吾にかなりのショックを与えた。血の繋がった父親が殺されたのだから、それ相当の心的ダメージはあったのだろう。あんな極潰しのどうしようもない親父でも、だ。
 けれど正直な話、父親が殺されたということよりも、慕い尊敬していた桐生があんなことをするなんて…と、そっちのショックの方が大きかった。いつ何処にいるのかも分らない父親よりも、何かと気に留め話しかけてくれていた桐生の方が、よっぽど信頼していたし好感が持てた。心を許せるという点では、父親よりも遥かに桐生の方が勝っていた。だから…。
 「何や、だんまりかい。何か言えや、おらっ」
 その関東の龍と、まるで双対を成すかのように称されているのがこの男――関西の龍。
 「…ぐっ」
 容赦なく踏み付けられた足に力が入る。流石にうめき声は止められなかった。
 顔は見たことは無かったが、それなりに噂は聞いていた。自分と同じく、極道の二代目だということも、かなりの無茶をやらかす男だということも。
 大吾はありったけの気力を振り絞って、眼前の龍を睨みつけた。こういう状況だが、無様にやられっぱなしなのは気に入らない。不摂生でいい加減な生活を送ろうとも、自分が極道であるという事実は消せはしないのだ。これがいつ誰の耳に入るかも知れない。何事おいても、組織の連中に無様で恥ずかしい姿を曝す訳には行かなかった。
 そんな彼の視線に、男は「おぅ」と片眉を上げ、面白そうに唇を歪めた。
 「威勢のええボンや。そうそう、男はそうでないとアカンな。おもろない」
 「誰がボンだ。テメェ、ふざけんじゃねぇ」
 踏み付けられた爪先を思い切り振り上げ、相手の脛にヒットさせる。けれどそこは鉄の脛あてでも入れんのかよと言いたくなるほど硬く、逆に大吾の爪先に小さくないダメージを与えた。先程よりも大きな声を上げなかったのは奇跡に近い。
 捕らえられるは、反撃も出来ないはで、踏んだり蹴ったりだ。何とかならないのかと、大吾は焦る気持ちを抑えて思考を巡らせる。が、
 「何や、可愛らしい仕返しやな。全然痛ないで?」
 わざとらしくそこをボリボリと掻かれ、ブツリと何かか切れる音がして…それは大吾の怒りが沸点に到達した音だった。
 「ふざけんなっ!クソッ、解け、この野郎っ!」
 解けないと分っていたが、力任せにロープを引く。届かないと分っていたが、足を大きく蹴り上げた。無駄な努力だと思っても、そうせずにはおれなかった。ただじっとしたまま、やられるのを待つなど、自分の性格上ありえないからだ。最後まで抵抗して、相手を多少なりともへこませてやるつもりだった。
 「…それにしても、何やな。東城会は、こないなジャリまで入れとんのかいな。よっぽど人手不足なんやなぁ」
 そう言って、ニヤニヤと笑っている。明らかに、大吾が何処の誰で、どのような位置付けにある男なのか、知っているような態度だった。
 「テメェ…俺が誰だかわかってんのかっ!」
 「……知らんなぁ」
 フッと笑った男は、厳つい傷痕の残る唇を舐め、そのまま顎をひと撫ですると大吾の顔をじっと見つめた。
 まるで何かを吟味するかのように、しげしげと見つめるその視線に、大吾は何とも言えない居心地の悪さを感じる。捕らわれ縛られ、荷物か何かのように転がされている身で、そんなことを感じるのも変な話であるが…。
 それでも大吾は、その瞳にはっきりとした意志を湛え、関西の男を睨みつける。あくまでも、強気な態度は崩したくなかった。
 するとそんな大吾の姿に、男は満足そうに…何に満足したのかは謎だが…その口許に笑みを浮かべる。静かに笑ったつもりだろうが、全てのパーツが大ぶりに出来ている男は、そんな笑いも実に派手で豪快に見えた。
 「威勢がええのう。お前みたいなヤツ、嫌いやないで」
 つと、男の靴先が大吾の顎を捕らえて持ち上げる。顎が上がると、大吾の強い視線が、男の眼にはっきりと飛び込んで行った。
 二人は暫し睨み合う。緊張した空気は、ビリビリと震えているかのようだ。もし大吾が縛られていなかったならば、まさに一触即発というムードであったに違いない。ちょっとしたきっかけで、戦いのゴングが鳴り響くというような雰囲気だったろう。
 だが、そんな緊迫した空気を、またしても男がぶち破った。彼はいきなり大吾の胸元を片手で引き上げ、至近距離で視線を交わす。その口許には、相変わらず人を小馬鹿にしたような笑み。
 「お前みたいな男は、ボコボコに殺っても、あんま堪えんやろうからな…やり方、変えてみるわ」
 「な……って、オイッ!何しやがる!」
 男はそのまま床に転がる大吾を抱え上げた。それこそ床に置いた荷物かボストンバッグを抱えるかのように、いとも簡単に。そうして、背後にあったベッドへと、その身体を投げ出した。
 「…ぉわっ!」
 硬い床から、スプリングの利いたベッドへ。背中に当たる感触が柔らかなそれへと変わる。身体中の小さな痛みが少しばかり和らぐ気がした。
 だが…。
 環境の劣悪さはやや軽減したかに見えたが、しかし、先程よりも更に身の危険を感じるのは…気のせいだろうか?
 彼は男の視線を真っ向から浴びながら、ゴクリと喉を鳴らした。そして肘を使って無意識に後退った。
 そんな大吾を面白そうに見る男は、片膝をベッドへと載せた。
 ギシリ、とスプリングの軋む音がやけに大きく聞こえる。
 「テメッ…なに…」
 「ピーピー喚くなや」
 そう言って男は、大吾の着ているシャツに両手を掛けた。大吾の目に、その様子がスローモーションのように映る。が、そこから先は一瞬で…。
 男はそのシャツを力任せに左右に引き裂いた。
 バツッと、繊維の引き千切れる音。パラパラとボタンが弾け飛んだ。仕立ての良い高級なシャツも、相手がこの男となると実に呆気なくポロ切れと化した。
 「なっ…」
 顕わになった大吾の胸に、ゆっくりと男の舌が這う。
 「やり方変える言うたやろ?」
 そう言ってニヤリと笑う男は、龍というよりも寧ろ獲物を貪る獅子のようだった。
  


 >>next

back